Thursday 17 April.














「明日帰るんだ…」。朝起きて、声に出して言ってしまった。来たのだから、帰るのだ。当たり前の事なのに、それでも声に出して言ってしまった。朝ごはんに昨日のポーランド料理の残りをいただくと、結局この日は夜までお腹は減らなかった。「どこに行きたい?」と彼が訊いてくれたので、迷わずに「もう一度セントラルパークへ行きたい」と答える。地下鉄に乗ってコロンバス・サークルという、セントラルパークの南側の入り口の駅へ向かった。そう、今日も快晴。気候も初夏のように爽やか。駅を出た所のスターバックスでコーヒーを買って、公園内にある1908年に造られたという回転木馬を見に行く。回転木馬は2ドルという驚きのプライスで、スカートでなければ乗っていたなと思う。英理ちゃんから聞いてはいたけれど、思っていた以上の高速回転。木馬に揺られて笑う子供達とテンション高めのカメラママは、きっと世界共通のものだな。シープ・メドウという大きな芝生のエリアへ行くと、ニューヨーカー達がごろごろと日光浴をしている。奥には見事な桜の木が満開になっていたので、迷わずにそこを目指して歩く事にした。桜の木の下まで辿り着くと、お弁当は広げていないものの、沢山の人達がシートを敷いてのんびりとしている。そこからは日本人の声も聞こえてきた。彼とわたしも何枚か写真を撮りながら、ニューヨークでの桜を楽しむ。それから公園内にある動物園の横を抜けて、五番街に出る。世界中からの観光客が行き交う五番街には、わたしでも知っているようなお店がどんどんと現れる。ビル毎に幾つも掲げられた星条旗が、風に揺られてはためいていて、わたしは彼がニューヨークへ着いたばかりの頃に撮って送ってくれた写真の事を思い出していた。五番街を南下して行くと、セント・パトリック教会の前で見覚えのあるあの子が立っていたので、わたしも思わずハッと立ち止まってしまう。赤いあの子はエルモだッ。二十六にもなったわたしが「どうしよどうしよ…エルモだエルモだ…」と興奮気味に彼に訴えかける。それを言われて、彼はどうすればいいのでしょうね…。だけど、わたしは“世の中にはいろんな肌の色の人がいるけど、そんなことは関係なくみんな仲良くしましょー”って、みんながテンション高めに暮らしているセサミストリートが大好きだから。あの番組は子供向けのためだけの番組ではないから、だから好き。“82年、放映中に亡くなった出演者のフーパーさんの死を理解出来なかったビックバードが、もう大好きなおじいちゃんとは会えない事が死なのだと知るストーリーがあった”というのを本で読んだのがきっかけだったか。その事を語っていたプロデューサーのローマンさんの話が印象的で、今でも胸に残っている。ん、話が逸れている…。周りには明らかにこのエルモよりもかわいい子供達が集まって来ている。「一緒に写真を撮ってあげようか?」と彼が言ってくれたけれど、「いい。帰って来たら一緒にユニバーサルスタジオに行こう」と、じっと見つめて我慢をする。ニューヨーク市立図書館でお手洗い休憩。トイレの個室の扉が足下だけではなくて、鍵を閉めても外が見えるよう隙間が造られているので、外の人と目が合わないかとどきどきしながらいそいそと済ませる。エンパイア・ステート・ビルの前まで辿り着いて、展望台が何時まで開いているのか彼が係の人に訊きに行ってくれる。すると彼は驚いた顔をして帰って来て、「ミナコ、驚くべき事に2時までです」と言った。そう、深夜2時まで。眠らない街ニューヨークって、この事なんだ。エンパイア・ステート・ビルへは最後の夜に昇る事にしていた。これなら時間の心配をしなくても大丈夫だ。ひとまずエンパイア・ステート・ビルを後にして、近くの薬局でのど飴と水を買う。ニューヨークへ来て、わたしの喉は乾燥で咳が止まらなかった。日本からのど飴を持って来ていたけれど、それでも足りないくらい。おまけに肌も乾燥していたので、かゆみ止めのクリームを持って来ていて大正解だった。それから地下鉄に乗って、昨日も行ったユニオンスクエアまで行く。と、ここで、わたしはメトロの階段から落下。驚いて泣いてしまったが、きっと「Are you ok?」と言ってくれた、わたしのすぐ後ろから階段を下りて来ていた黒人のおばさんの方が驚いた事だろう。そう、わたしはニューヨークで十回以上もこけたのです。こんな事は初めて。なぜだろう…。ユニオンスクエアまで辿り着くと、今日はグリーンマーケットも出ていないのに、それでも物凄い数の人達が公園内に集っている。これは福ちゃんの言う、ニューヨーク七不思議の一つ。あと六つを聞くのを忘れたけれど。Whole Foods Market storesで最後のお買い物。今日はレジのシステムがわかったので、堂々とお会計に進む。クッキーを買っていたわたしに、レジのお姉さんがクーポン券の冊子をめくって、その商品が割引になっていないかを探してくれた。ニューヨークでは驚くくらい無愛想な店員さんもいたけれど、親切な人は親切なのだ。それはどこの国でも変わらないのだろうなぁ。スーパーマーケットを出て、ここも楽しみにしていた“STRAND BOOK STORE”へ。アート本が揃っているという二階へ直進。彼は画集のコーナーへ、わたしは写真集のコーナーへとそれぞれ向かう。欲しいと思っていた写真集を片っ端から手に取ってみる。エグルストンの"William Eggleston Los Alamos" $65…や、安い。これも欲しいけど、けど、わたしが探しているのは89年の“the Democratic Forest”だ。探しても見つけられないので、彼の元へ行ってみる。彼が係の人に訊いてくれたけれど、やっぱりないのだ。諦めて、わたしは絵本コーナーへ移動。姪や友人の子供達に買って帰る絵本を探す。その間に、彼は絶版本やレアな本などが揃っているという三階へ行って、まだ“the Democratic Forest”を探してくれていた。そんな事は知らずに、わたしはエリック・カールおじさんの絵本に夢中だったのだ。彼はストランド書店で、オキーフの画集を購入。その画集の中にある、7メールもあるという“Sky Above Clouds IV”という絵のページを開いて、「いつかこの絵を一緒に観に行こう」と言ってくれた。黙って頷く。今日のお夕飯は、英理ちゃんがオススメしてくれた“BASTA PASTA”というイタリアンのお店へ行こうと話していたけれど、すっかり地図を忘れていて断念。一度荷物を置きにアパートへ帰って地図でその場所を確認してみると、ユニオンスクエアのすぐ近くだった事が判明。ふたりで「ちーん」となる。エンパイア・ステート・ビルへ向かいがてら、何か食べようと、再び外出。ムーディーさに誘われて、アパートの近くにあった香港料理のお店に入ってみる事に。彼はポークステーキ、わたしはエビのマヨーネーズ和えをオーダー。店内はローソクと僅かな間接照明だけだったので写真は撮れなかったけれど、お味はとても美味しくて、何よりもお茶碗に入って出てきた丁度いい分量の白いごはんにふたりで感激。なんだか色々と満たされて、エンパイア・ステート・ビルへと歩いて向かう。22時前に到着。彼が以前来た時には長い行列が出来ていたと聞いていたので、並ぶ事を覚悟していたけれど、全く待たずに展望台までのエレベーターを昇る。エレベーターから降りると、その目の前に広がっていた風景に息を呑んだ。街が綺麗だった。夜景に泣きたいと思った事はなかったけれど、ちょっと泣きたかった。わたしの横で、彼は何度も「ありがとう」と言う。わたしはニューヨークに来られて、本当によかった。色んな不安も緊張も抱えてやって来る事が出来て良かった。それらはすぐに打ち砕かれて、もっと幸せになれたからだ。「ありがとう」に「ありがとう」と返事する。鼻歌を歌いながらアパートまで帰る。24時。i Podのスピーカーから聴こえてくる「素晴らしきこの世界」に、彼は「いい歌だね」と言って、わたしが荷造りを終えるのを待ってくれている。ハーモニカのメロディが静かに部屋で響いている。僕もこれから帰るんだよ 湯気がたってる暖かい家 素晴らしきこの世界。