まだ暗い頃から起き出して、日が昇る前に宿を出発した。
誰もいない砂丘に、寒過ぎて鼻を垂らしているわたしと、「見ててよ」と軽やかに笑うシゲルさん。
そして、シゲルさんは一気に目の前の丘を駆け上がっていた。ああ、もうすぐ三十代も後半だというのに。。。
暫くすると見事に砂丘を駆け上がったシゲルさんは、太陽に照らされたてっぺんで手を振っていた。
表情は見えるはずもないのだけれど、めちゃ笑ってんねやろなぁ…とか思いながら、わたしも手を振り返す。
植田正治先生、わたしはこういう時のために手旗信号でも勉強しておくべきでした。
そうしたら、きっと…。
ほのあたたかな紀枝さんの顔を思い出しながら、わたしはシゲルさんが戻ってくるまでに何度か鼻をぬぐった。
(『僕のアルバム』植田正治・2007年・求龍堂