【②は下に更新しています】


出発の朝。
みんなで揃って食べる、最後の朝ごはん。
満江先生のお宅でいただいていたオランダ式の朝ごはんが、わたし達は毎日とても楽しみでした。
テーブルの上に並べられた様々なジャムやシロップ、そしてバターにチーズ。それらを薄めにスライスされたパンに好きなように塗って、チーズと組み合わせていただく。
胡麻ペーストと奥さま手づくりのマーマレードジャム、アップルストロープ(Appelstroop)というねっとりとしたりんごのシロップにチーズスライサーで薄く削ったチーズ、奥さま手づくりのさわやかな花のシロップとチーズなど…
そのバリエーションが豊富なので、今日は何と何を組み合わせようかな…と、わくわくしてしまう。
今朝は、奥さまが半熟に茹でて下さった卵も食卓に並んで、美味しく有り難くいただきました。




8:30。奥さまはオランダ語教室があるため、わたし達よりも先にお家を出ることに。
出発の前にバナナとミカンを持たせてくれ、その優しさになんだかふたりで胸をいっぱいにした。
9:00。お世話になった満江先生のお家を後にする。
満江先生がベビーカーを押して、娘さんもHanaちゃんも駅まで見送りに来てくれることになった。
石畳でのスーツケースの移動と、肩に食い込んだカメラバッグの重さを久しぶりに感じながら、わたしはこの街で過ごした時間のことを考える。
別れ際。列車の中から、三人の写真を撮らせていただいた。ドア越しに先生達の姿を眺めたら、思いよりも先に身体が動いてしまったのだった。だけど、時間は一瞬だけ止まって見えた。



9:24。列車は、ゆっくりと動き出す。
このどこまでも真っすぐな風景を、次に見られるのはいつだろう。
あんなにも遠かったオランダが、満江先生のお宅にお邪魔させていただいたことで、ぐっと近くなったような気がしている。
途中の乗り換えの駅で電光掲示板を見上げていた大荷物なわたし達に、親切なおばちゃんが「この列車が空港に行くからね」と声をかけてくれた。
こちらから尋ねたわけではないのに、それでも、すっと助け舟を出してくれる、そんな優しい人達に何度でも出会った。
一時間と少しでスキポール空港に着き、アイスランド航空(Icelandair)のカウンターへと向かってスーツケースを預け(重量ギリッギリッ…)、セキュリティーチェックへ。
シゲルさんに再び80本程のフィルムを託して、ふたりでどきどきの瞬間(わたしは英語が話せず、すみません…)。
さっそくシゲルさんがフィルムのハンドチェックをお願いすると、何やらむちゃくちゃに雲行きが怪しくなった。。。
係員が一人二人三人…と増えて来て、あっという間にシゲルさんが囲まれてしまう。
焦ったわたしはシゲルさんに駆け寄ろうとするも、係員の人に「動かないで!」と言われ、カメラバッグの中を全て点検される(これは自分で持っていた)。
シゲルさんは怖そうな人達にとにかく質問攻めに合っていて、その姿を前に、わたしは隣のレーンから思わず「シゲルさん、もういいから通してー」と泣きべそをかいた。けれど、シゲルさんはあきらめなかった。
「僕達はアーティストで、彼女は写真家です。写真を撮るために、これからアイスランドへ行きます。このフィルムはブローニーフィルムと言って、普通のフィルムのように硬い容器にではなく(パトローネのこと)、フィルムが紙に巻かれているだけのものです。だからX線に通して、もしものことがあったら困ります」と、係員の人達に真摯に説明してくれた。
セキュリティーチェックを終えて、やっとシゲルさんの元へ駆け寄ることが出来たわたしは、やっぱり何も出来ずに、ただカメラを手にバタバタしているだけだった。。。
最後の最後に、とても偉い人(みたいな人)が出て、わたし達はいよいよ「やばい…」と思った。
けれど。彼は、わたしが手にしていたPENTAX67IIを見て、一言目に「なんて素敵なカメラなんだ」と微笑んだ。
その言葉がおまじないみたいに、さっきまで怖そうな顔をしていた係員の人達が(実は、みんないい人)いっせいに笑顔になる。
「よし。僕達は、君達を信用するよ」「いい写真を撮って来るんだよ!」「楽しんでね!」と、みんなに見送られた。
ふたり共シャワーを浴びたみたいにビショビショに汗をかいていたけれど、想いが通じたことが嬉しくて、どっと笑顔になった。
そして。シゲルさんは、へとへとになった。
普段は居眠りばっかりしていて、わたしのおやつをちゃっかり半分奪っていったりするのに、こんなにも懸命に、そして真摯に、わたしのフィルムを守ってくれた。
わたしはまだどきどきしたままの胸で、シゲルさんに深く感謝する(またすぐにおやつの取り合いになって、すぐに「キーッ!」ってなるんやけど…)。
「ありがとう、シゲルさん」。
シゲルさんは言った。
「僕はミナちゃんに、いい写真を撮ってもらいたいねん」



13:20。いよいよ、アイスランドへと向かうフライトの時間。
出発前。ゲート前のベンチで、奥さまが持たせてくれたバナナをふたりでもそもそと頬張りながら、「お腹空いたね…」「ミナちゃん、おやつは?」と言う。
スキポール空港からケプラヴィーク国際空港(アイスランド)は、直行便で三時間と少し。
アイスランド航空では、自分のイヤホンを持っていれば、様々なアイスランド音楽を自由に聴くことが出来るのは知っていたから、飛行機が離陸すると、さっそく座席のディスプレイでメニューを見てみた。
まだまだ知らないミュージシャンも沢山いるから、開拓しようと思えば幾らでも出来たのだけれど、結局わたしは大好きなヨンシー(Jónsi)の『Go』というアルバムを選んでいた。
ヨンシーは、わたしがアイスランドを訪れるきっかけとなった人だ。
離陸とともに機体は一気に上昇し、雲をぐんぐんと突き抜けて、青い世界の中を行く。
気がつけばシゲルさんはもう舟を漕いでいたけれど、わたしは青い空とヨンシーの美しい声に泣けてきて、ずっと涙を拭っては、鼻を擤んでいた。
わたしは、ヨンシーの国へ行くのだな。
胸の中がきらきらとしていて、それは恋がはじまる時と似ていた。その気持ちのまま目を閉じて、わたしも夢の中へとお出かけする。
けれど。感動は、そこまでだった。
(②に続きます…)




目が覚めたのは、着陸する少し前。
青い世界は、一面どっしりとした灰色に変わっていて、一瞬戸惑った。
機長がアイスランド語で何かを話した後に、今度は英語で「snowfall…」がなんちゃらかんちゃらとか言っている。
もう着陸態勢に入っているというのに、飛行機は荒く揺れるばかりで、窓外にはアイスランドの風景なんて見えてこない。
そして。同じ頃に目を覚ましたシゲルさんと、ふたりで一気に顔が青ざめた。
ケプラヴィーク国際空港は、吹雪の中。
アイスランドは風の強い国だと聞いてはいたけれど、機体のすぐ下に見える雪が強風に煽られて、線状になって流れていくのが見える。
見えた風景といえばそのくらいで、全貌は何も捉えることが出来なかった。
シゲルさんはこれからの長い運転を思って、「なんて所に来てしまったんや…」と言葉をなくしている。
いつもならなんだか嬉しくなっちゃうタラップも(飛行機からの直降り)、この時だけは顔に突き刺さってくるような吹雪を受けて、何一つわくわく出来やしない。
それでも。わたし達の前に座っていたご夫人は、一目散に階段を駆け下りて、飛行機から降りてくる旦那さまをデジタルカメラで撮りまくっていた。「ま、負けた…」と思う。。。
吹き荒ぶ吹雪を全身に受けながら、寒さで流れてくる涙(いや、主に鼻水か)を必死に拭いながら、空港内に駆け込んだ。
オランダでの毎日があんまりにもぽかぽかと幸せだったので、わたし達はこれからの行く末を思って、既に頭が真っ白になっていた。
こんなにもこんなにも来たかったアイスランドなのに、この悪天候を前に一瞬で心が折れてしまったのだった。
心に余裕が持てなくて、空港内のことはちっとも覚えていない。
写真があったことが不思議なくらいだ(自分で写真に撮ったものは忘れない…なんて言っていたのに。。。)。




17:00。到着フロアで出迎えてくれるはずのレンタカー会社の人は、暫く待っても現れず。不安。
15分くらい過ぎて「やっと来てくれた!」と喜んだのも束の間、わたし達の挨拶にヤングなお兄さんは無反応。
空港からレンタカー会社までは送迎の車で目と鼻の先くらいだったのだけれど、その間にも車はツルッツルッと滑りながら走行し、それでも運転してくれるお兄さんはいたって平気そうで、シゲルさんは「この国では、こういうテクニックがいるんか…」と変な冷や汗をかいている。
レンタカー会社に到着してからも、受付のこれまたヤングなお兄さんは無愛想(心が折れているので、そう見えただけかも…)。
既に日本から予約を済ませていた車の支払いをお願いしようとしたら、お兄さんは「二週間もレンタルするんだったら、車種をもっとアップグレードしたら?。だって、あの車じゃね…」(わたしのテキトーなヒアリングです)みたいに言った。
くっそー。わたし達は今回の旅で四輪駆動の車を借りるために、ヒーヒー言いながら他の予算をやりくりしてきたのに(一番安い四駆で、普通の車?の倍くらいの値段)、「あの車じゃね…」って、なんなんだ!(口が悪くて、すみません…)
くそーくそーくそーと思いながら(主に、わたしだけ。シゲルさんは冷静に「あの車で大丈夫です」とか言っていた)、わたし達はアイスランドの首都であるレイキャヴィーク(Reykjavik)へ向けて、吹雪の中を進んで行く。
シゲルさんは久しぶりの左ハンドルだし、視界がとにかく悪いし、台風のような風に何度も車体は煽られるし、ナビは借りなかったし(予算がなくて、借りれなかった…)、シゲルさんはさっきからずっと何も喋ってくれなくて、わたしはゴロゴロとした岩と雪しか見えない荒野に「この選択は、間違ってたんやろうか…」と更に弱気になっていた。



荒涼とした風景が街に変わったと思ったら、それがレイキャヴィークだった。
この国の首都といえども、レイキャヴィーク市内の人口は11万人ほど(アイスランドの総人口も32万人ほどしかいない)。
それでもこの国には鉄道が走っていないから、ハイウェイはそれなりに混雑している。
街に入ったばかりの大きな駐車場に車を止めて、宿までの道程を確認してみる。でも、広げた地図を手に、自分達がどこにいるのかもわからない(ナビを借りていないって、こういうことか…)。
シゲルさんは駐車場に居合わせたお父さんと小さな女の子の親子に道を尋ね、とても親切に説明を受けている。
この国ではじめて優しさに触れたような気がして、緊張していたわたし達の気持ちが少しだけ和らいだ。それと同時に、腹が鳴る。
北欧の物価がとても高いことを知っている人は多いと思うけれど、アイスランドもとても物価の高い国だった。
駐車場にあったコンビニのような売店で、何か簡単に食べられるものを探してみると、シゲルさんとふたりでまた少し嫌な汗をかいた。
味気ない乾いたパンが二つとミネラルウォーターを買って、お会計は1000円ほど。
アイスランドではこれから自炊をする予定だけれど、それすらもなんだか危ぶまれるような気がして、「わたし達、ずっとお腹空かせてなあかんのやろか…」と、また落ち込んだ。
18:30頃。無事に宿に着いて、ほっとしながら、もそもそと乾いたパンを頬張る。けど、すぐに腹は鳴る。。。



この日。わたし達は空港を出てから、「アイスランドを一周する」というプラン通りに、当初の予定ではレイキャヴィークから北へ60キロほど進んだボルガルネース(Borgarnes)という街まで向かうはずだった。
けれど、急遽レイキャヴィークに一泊。
旅立つ直前に、市内のハルパ(Harpa)というコンサートホールで、ビョーク(Björk)のライブがあるのを知ったからだった。
しかも、このライブにはビョークだけではなく、レトロ・ステフソン(Retro Stefson)やオブ・モンスターズ・アンド・メン (Of Monsters and Men) などといった、兼ねてから好きだったアイスランドのミュージシャンも数多く出演する。おまけにパティ・スミスまでやって来るのだという。
チケット代は想定外だったけれど、シゲルさんに相談してみると「アイスランドへ行ったからって、そんなに偶然にビョークのライブがやっているわけじゃないものね」と、トントン拍子でチケットの手配を済ませた。
このガッサガッサで、微妙な写真に写っているのがハルパ(オラファー・エリアソンファサードを手がけた)。これではシルエットだけしかわからないのだけれど、昼間に見ると、なんというかもうキラッキラッで、レイキャヴィークの景観にあっているのかいないのか、、、。
外は相変わらず吹雪が強くて、わたしの耳当ては何度も飛ばされ、追いかけ、飛ばされ…見事におむすびころりん状態。



ライブは20:30に開演。
コーラス隊の女の子達がのそのそと出て来たかと思ったら、その後に早足で小柄な女性が現れた。ビョークだった。
彼女が声を放った瞬間に、全身に鳥肌が立つ。
ビョークのライブを観るのは初めてだったけれど、とにかく圧巻で、彼女には氷河や火山などといった、この国の自然に寄り添う、根底から湧き上がる力強さのようなものが見えた。
隣席のシゲルさんも、曲と曲の間毎に「すごいっ」「すごいっ」と言っている。
ビョークといえばミュージック・ビデオなどで見る奇抜なイメージが強かったけれど、この日の彼女はシンプルな白色のワンピース。それなのに、あの輝きは、いったいなんなんだろう。
パティ・スミスも、とてもとても素晴らしかった。
わたしは彼女の曲を熱心に聴いてきたわけではないから、わたしにとってのパティ・スミスはロバート・メイプルソープの写真の中の人だった。
それでも。パティ・スミスの立ち姿に、歌声に、この人はなんて逞しく美しく歳を重ねたのだろうと、心が奮えた。
彼女からもアイスランドへの強い想いが伝わってきたし、途中ルー・リードLou Reed)の『Perfect Days』を歌っていて、彼もアイスランドが大好きだったと知る。
会場は見事なスタンディングオベーションに包まれて、さっきまで綺麗な服を着て(こうしたイベントが社交の場となっているのか、みんなとにかくドレッシー!)、きちんと座っていた観客達は、みんな一心にパティ・スミスに声援を送った。
ビョーク48歳、パティ・スミス67歳。…かっこいい。
けれど。わたしはこの直後くらいから、移動の疲れと、空腹と、室内の暑さに気分が悪くなってきて、脱水症状のようになってしまった(なったことはないけれど…)。
会場を出ようかと迷ったけれど、どうやらレトロ・ステフソンが取りをつとめるようなので、じっと我慢をすることにする(観たかったオブマンも、気がついたら終わっていた…。泣)。横では、いつの間にかシゲルさんも眠っているし。ああ…。
そんな体調であっても、レトロ・ステフソンは最高だった。
家で聴いている時は「あんまりじゃない?」とか言っていたシゲルさんも、「かっこいいね!」と興奮している。
舞台の袖ではビョークもご機嫌に踊っていて、会場中がはじめてオールスタンディングとなった。
さっきまでの体調不良を振り切り、わたしも立ち上がって熱心にぶらぶらと揺れてみる。
リードヴォーカルのUnnsteinn Manuel Stefánssonが「みんな、i Phoneを出して、僕らを照らしてくれよ!」と言ったので、ちゃっかり一枚写真を撮った(ほんとは駄目だと思うけれど…)。
ライブが終了すると、もう次の日。
きっとみんなは明日も普通に仕事なのだろうなと思いながら、いそいそと宿に帰宅した。
2:00。ばったりと、ベッドに倒れ込む。
時差を越えた、長い一日が終わった。