(一日のはじまりの写真が、昨日と同じだ…)
朝。カーテンの外は、吹雪になっていた。
宿泊しているゲストハウスはアークレイリの中心部に位置しているのだけれど、外を歩いている人の姿は見当たらない。
ゴーゴーと音を立てて吹き荒れている風の強さが、部屋の中からでも見て取れた。
今日は街から出て、ゴーザフォス(Goðafoss)という滝まで行く予定にしていたけれど、この天候では無理だろうな…。



共同のキッチンへ行って、まずは朝ごはん。
パンにチーズやハムをトッピングして、昨日よりは幾分か潤いのある食事になったけれど、バナナは青く、ハムは失敗で、パンはカスカス…。粉末のスープは、なんだか今までに味わったことのないものだった。
オランダでの食事がとても恵まれていたので、このギャップに舌も心も付いていくことが出来ず…。



キッチンの風景。
このゲストハウスにはわりと部屋数があるのだけれど、テーブルはこの一組しかないので、繁忙期は大変なのかもしれないな。
ポップコーンをチンッしに来たヴァイキングのような大男に一度だけ遭遇しただけで、わたし達は他の宿泊客と出会うことはなかった。



食事を終えて部屋まで戻ると、扉の前に大きな袋が置かれている。
昨夜、オーナーさんに洗っていただいた、わたし達の洗濯物だった。
ほんとはそんなサービスはないのだけれど、わたし達が「ランドリーへ行きたい」と話すと、「今日はもう遅いから、よければうちのを使って!」と、オーナーさんが自宅のランドリーを貸して下さったのだ。
そのおソノさん(『魔女の宅急便』のパン屋の奥さん)のような大きな優しさに、ガチガチになっていたわたし達の心が再び解される。この街の人達は、なんてなんて優しいのだろう(まだ二人しか会っていなかったけれど…)!
部屋に入り、袋から洗濯物を取り出すと、ひとつひとつが丁寧にたたまれている。
今朝の天候にも心が呆然としていたからか、そうしたおソノさん(オーナーさん)の物腰に、なんだか泣けてきてしまった。
わたし達は駆け足で、おソノさんへお礼を言いに行く。



10時過ぎに街へ出て、メインストリートにあったホステルの受付でアークレイリ周辺の地図をもらい、これからの天候のことと道路状況を訊いてみた。
そして、わたし達は知らされる。一号線が閉鎖され、アークレイリの街から出る手段がなくなってしまったことを。
付け加えて、これから二〜三日の間は嵐になるだろうということを。
ホステルのロビーでは、旅行者達がカードゲームをしたり、タブレットを触ったりして、明らかに時間を持て余しているようだった。どの人の顔も楽しそうじゃない。みんな、もうこの情報を知っているんだね。。。
頭の中が真っ白になったまま、ホステルの隣にあったカフェへと入る。
ゴーザフォスどころか、この街から出られなくなってしまったことに、わたしはひとしきり泣き言ばかりを並べていたのに、シゲルさんはのんびりと貰って来た地図を広げて、わたしのグダグダな喋りに相槌を打つわけでもなく、「It's nature.」とか言っている。なんか、腹立つ。ああ、こういう時に、性格が出るのだろうな。
結局。午前中の間は、そのカフェで過ごすことになった。
そして、店を後にする時、店員さんがキュートな笑顔で「いい一日を!」と言ってくれたのに、わたしは顔が引きつったまま、きちんと返事も出来ずに店を出てしまう。あー、わくわく出来ていない自分が、ふがいない。。。



お昼。宿に戻って、昨日買っておいたインスタントラーメンでお昼ごはん。
ストックしていた野菜も刻んでトッピングしてみたけれど、これもまたこれまでに体験したことのない味だった。。。
今思えば、アークレイリでは少し奮発をして、外食を楽しんでもよかったのかもしれないなぁ。



キッチンからの眺め。
雪はどんどんと降り積もって、それはなんだかスノードームの中にいるみたい…
なんてことは、ちっとも思えず。。。



アイスランド全土に約30店舗を展開している、Bónusというスーパーマーケットのマスコット。
全く心躍らぬ、このラベル………(物凄くお世話になったのだけれど)。



午後。また街の観光案内所まで出かけてみることにした。
ずっと突風のような強い風が吹いているので、傘をさすことは出来ず、カメラも提げられず、写真も撮ることが出来ず…わたしはやさぐれながら、シゲルさんの後ろを押し黙って歩く。
「くっそー」
「お。ミナちゃん、今のくっそーは、なんかアスリートみたいやね」



海沿いに建つ円筒形の建物に、街の観光案内所はある。
そこでもこれからの数日間は街から出られないだろうと伝えられ、あるインターネットのサイトを教えてもらった。このサイトは、アイスランド全土の道路状況を一目で見られるもので、現在の道路状況が色別になってわかるものだった。
今回の旅にはタブレット端末を持って来ていたので、わたし達は毎日このサイトとにらめっこしながら、一号線が開通する日を待ち望むことになる。
アークレイリに来る前にこのサイトのことを知っていたら、きっとここへ来ることはなかっただろう。
けれど、それはそれで残念な気もするなぁ…
あんなにも怖い思いをしてアークレイリまで辿り着き、結局どこへも行くことが出来なかったのに、今となってみればアークレイリに滞在した時間がとても思い出深いものとなっている。
人の気持ちって、なんだか不思議だ。



目の前にはエイヤフィヨルズルという、アイスランドの中北部で最も長いフィヨルドが広がっている。はず。。。(吹雪で何も見えず)
再び宿に戻って、地図を広げ、ふたりでこれからのことを考えた。
明後日にはアークレイリの街を出て、アイスランドの東部に位置するエイイルススタジル(Egilsstaðir)という街まで行く予定を立てている(国道一号線のちょうど中間点に位置する街)。
エイイルススタジルに宿はとってあるし、その後も順に全ての宿を手配済み。それでも、今後の天候と道路状況のことを考えると、東部への旅は断念せざるを得なかった。
予定通りにはいかないのが旅の面白さでもあるけれど、これからのスケジュールを一から組み直さなくてはいけないのか…と思ったら、また頭が真っ白になってしまう。
まあ、いいか。時間だけは、とにかく沢山あるもの。



エイイルススタジルの宿をキャンセルするには、もうキャンセル料がかかってしまうようになっていたので、一度その宿に電話する必要があった(その他の宿は、全てインターネットを使ってキャンセル出来た)。
おソノさんの事務所を訪ねて、公衆電話がどこにあるのかを訊いてみる。
するとちょうどおソノさんと一緒にいた、この宿のマネージャーさんを紹介してもらった。わたしより少し歳は若いだろうか…綺麗な女の人だった。
彼女が、この街に一つだけあるという公衆電話の場所を教えてくれる。
シゲルさんと「一つだけって…」とか言いながら、再び吹雪の中を外出。
街でたった一つしかないという公衆電話は、タクシー会社の待合室にあった。
エイイルススタジルの宿に電話し、シゲルさんが事情を説明すると、宿の人は天候のことだからキャンセル料はいらないと言って下さったそうだ。その語り口が「優しかった…」と、シゲルさんは電話を切った後に言う。



また宿へ戻って(一日にこんなにも宿を出入りするだなんて!)、今度は買い出しのためにスーパーマーケットまで車を走らせることに(観光案内所でBónusの場所も訊いておいた)。
朝に車の雪かきをしておいたけれど、半日も経つと車体はあっという間に雪見だいふく状態…。
(なんだか、、、この写真だと、シゲルさんだけに雪かきをさせているみたいだな…)



アイスランド語は全くわからないので、スーパーマーケットでの買い物は商品のパッケージだけを見て決めていた。
それはそれで楽しいのだけれど、見事な失敗も(それはまた後日に)。
だけど。やっぱり、わたしはその土地のスーパーマーケットが好きだなぁ…と、どの国でも感じる。その国の人達のことが、少しだけ垣間見えるように思えるから。
Bónusへ行った帰り、ガソリンスタンドへも寄って、この旅で初めての給油。
レンタカーはディーゼル車で、軽油の価格は1Lあたり約215円。毎回「ひーひー」言いながら、給油。
夕方。車を置いて、また街へと出かける。と言っても、吹雪は続いているので、メインストリートの周辺をぐるぐると歩くだけ。
すると偶然に、写真の現像所の前を通りかかり、ブローニーフィルムの現像について尋ねてみることにした(シゲルさんが)。
するとヘヴィメタル歌手のような写真屋のおやじが「15分で現像してあげるから、フィルム持っといで!」と言うので(おじさんと言うより、おやじと呼びたくなってしまう風貌)、「15分って、なんなんやろか…」とか思いながら、これまでに撮影したフィルムの現像をお願いすることに。
おやじは「店は18時に閉まるから、ちゃんと15分後には来るんだよ」と言って、目の前でさっそく作業を始めた。
思い返せば、このおやじの仕事は、とても丁寧で親切なものだった(と、旅の後半にレイキャヴィークの現像所を利用して感じた)。
この街の人達は、優しくって、とてもあたたかい。



夜。早々と晩ごはんの支度(他にすることがない…)。
買い物した商品の一部を並べて、写真を撮ってみる(他に撮るものがない…)。
セロリ、緑茶のティーバッグ、パン、バナナ、ベーコン、スパゲッティ、トマトペースト、粉末スープ、一切れ売りのバター…
セロリは1束で100円以下。パンもBónusで購入すると、500グラムで150円くらいだった(だけどこれは好きになれなくて、旅の後半には輸入のパンに変える)。
物価の高いアイスランドで、やっぱり自炊は外せない選択だったなぁ…。



パスタも1キロで150円くらいだから(これもボソボソのスパゲッティだったけれど…)、この旅では殆ど毎日パスタ料理を作った。
道具も調味料も充分には揃っていないから、思うように料理が出来なくて、わたしが「あんまり美味しく出来なかったねぇ…」とか言うと、シゲルさんは「え?!めっちゃ美味しいよ!」と言って、小さなほっぺたをパスタでパンパンにさせる。
その姿を見ていたら、なんだかよくわからないけれど、この人と結婚してよかったなぁ…と、しみじみ思った。
本当はこの旅で感じたことを写真だけで伝えられたらいいのかもしれないけれど、けど、話したいことが沢山沢山ある。
だけど。何を書いても、何も伝えられないなぁ…とか思いながら、アークレイリでの長かった夜のことをじんわりと思い出した。