朝6時半。壁を打ち抜くようなドリルの音で、漫画みたいに飛び上がるようにして起床。
この部屋の壁が薄いことは、隣室から筒抜けになって聞こえてくる声でわかってはいたけれど、まさかこんなにも朝早くからドリルの音が聞こえてくるだなんて…。
シゲルさんとふたりで失笑し、再び眠って、次に目が覚めた時にはもう8時半。
淡い期待を胸に、すっかり恒例となったお天気チェックは、カーテンを上げたと同時に撃沈した。
昨日の吹雪がまるで粉雪だったかのように、外は猛烈に吹雪いている。
ブサイクな顔のおでこと鼻を窓にべったりと押し付けながら、わたしはこの世の終わりのように硬直していると、相変わらずのシゲルさんはタブレットを手にしながら、「昨日より真っ赤かやわ〜」などと、道路交通状況のサイトを見てのんきにつぶやいている(赤色は通行止め)。
完全にやる気なしモードでお化粧をし、キッチンへ行って、ふてくされながらの朝ごはん。
あーっ、アイスランド滞在中、ずーーーっとずーーーっと吹雪やったら、どうしよう。



朝ごはんの後、二日分の洗濯物を持って、ランドリーへ向かうために外出。
はじめて体感する吹雪の強さに、宿の入口から駐車場へ行くのにも一苦労。
レンタカー会社が気持ち程度に用意してくれていた、お好み焼きのヘラくらいの雪かきワイパーで、ふたりして必死に雪をかく…も、切りはなし。。。
雪にすっぽりと覆われてしまった車体を前に、シゲルさんは「地図で見る限り、ランドリーまでは10分〜15分くらいの距離だし、ちょっと歩いてみようか」と言う。



さすがにこの街の人達ですら、今日は車を走らせていないのか、ゴーゴーと吹き荒れる強い風の音を耳にするだけで、街中はしんとしている。
深々とフードを被った耳が聞き取るのは、ずっとハウリングしているような世界。
ハードシェルジャケットが、パチパチと音を立てて吹雪を弾く。



シゲルさんは「ミナちゃん、僕を盾にして歩くんやで」と言うけれど、もりもりと着込んでも全く着膨れ感ゼロの後ろ姿に、なんだか頼もしいような…心細いような…よくわからない気持ちになっていた。
南極物語』のタロとジロは、いったいどんな思いで生き抜いたんや…とか思いながら、目も充分に開けられぬ吹雪の中を、必死になって歩いて行く。
ランドリーよ、いずこ。。。



途中、何度か街の人達にランドリーの場所を尋ね(この吹雪の中でも、ごく稀に地元の人とすれ違う)、最後の人に至っては店の前まで案内してくれて(どの人も、みんな本当に親切!)、結局30分以上もかけて到着。けれど、それはわたし達が思い描いていたコインランドリーではなくて、普通のクリーニング店だった。
ぽかんとしたまま暖かい店内に入り、身体中に雪を積もらせていたわたし達は見事にボットボトに…
入口の鐘の音に奥から出て来た店員さんは、苦笑いを浮かべながら「今日は散歩にはもってこいのお天気ね」と挨拶してくれる。ははははは…。
予想を上回る金額で二日分の洗濯をお願いし、再び、来た道を戻った。
仕上がりは、今日の16時になるのだそう。
けど…これ、また来られるんかな。。。



やっとの思いで宿まで戻り、ふたり共ぐったりとする。
雪道の歩行には慣れていないので、思いのほか体力を消耗していた。
防寒着を脱ぎ捨てて、ベッドの上に倒れ込む。
「ああ…ランドリーへ行っただけで午前中が終わってしまった…」とか思いながら、天井を見上げる。目を瞑っても、まぶたの裏に雪が舞っていた。
午後。都合良く吹雪がおさまるわけでもなく、重たい気持ちを持ち上げて、街を徘徊する。
郵便局へ行って日本への手紙を出し、街のギャラリーへ行ってみたのだけれど、これが更に心重くなる作品で、早々と退散。
どこかのお店でゆっくりと過ごそうかと、今日は宿のキッチンからいつも眺めている黄色い建物のカフェへ行ってみることにした。
一階のカウンターでスキールチーズケーキ(アイスランド産ヨーグルトチーズケーキ)とホットコーヒーをオーダーし(シゲルさんはキャロットケーキとホットコーヒー)、二階席へ上がってみると、店内は街から出られない観光客で見事に埋め尽くされている。
店員さんもにこにこと仕事をしていて、ケーキも素朴で美味しくて、カフェも温かみのある素敵な空間なのだけれど、とにかくみんな時間を持て余していて、どことなく居心地が悪い感じがした。
ゆったりと窓の外の雪を眺めるでもなく、早々と退散。。。



夕方。タクシー会社の待合室まで行って、ランドリーに電話。
「吹雪が強いので、洗濯物は明日取りに行ってもいいですか?」と訊くと(シゲルさんが)、「土日は休みだよ。今日は18時までやっているから、来られたらおいで」とのこと。
閉鎖されている一号線が開けば、すぐにアークレイリを出る予定にしているので、やっぱり今日中にランドリーに行かなくてはいけない。
また宿の部屋まで戻って、ふたりで考える。シゲルさんは「僕ひとりで取りに行ってくるから、ミナちゃんは部屋で待ってて」と言ったけれど、わたし達はもうタロとジロなので、頑に「一緒に行く」と伝える。
シゲルさんは暫く考えてから、「じゃあ駄目元で、一度車を動かしてみようか。その方が明日のためにもいいし」と言った。
決意を固め、ふたりで駐車場まで行き、朝は断念してしまった雪かきの続き。けれど、シゲルさんがすぐにお好み焼きのヘラ(雪かきワイパー)を部屋に忘れたことに気が付いて、ひとりで取りに戻ってくれる。
その間、わたしは自分の手を使って、車体に積もった雪をかき落としていた。
そのどんくさい動きを見兼ねたのか、、、どこからか逞しい男性が現れて、大きな雪かきワイパーを使い、手慣れた様子で車体の雪を落としてくれる。
わたしが突然のことに少し困惑していると、彼はシャイなのか…呆れていたのか…、無言で立ち去ってしまった。
駐車場に戻って来たシゲルさんは、すっかり雪かきされている車体を見て「えっ、どうしたの?!」と驚いたけれど、「なんかいきなり男の人が来て、わさーって、雪を…」と、上手く説明は出来ず。
どうやら、この街にはスーパーマンが多いらしい。
暫くの間、ふたりでタイヤ周りの雪かきをしていると、昨日出会ったマネージャーさんが声をかけて来てくれた。するとその後ろには、先程の逞しい男性の姿が…。どうやら彼は、マネージャーさんのパートナーのようだ(やっぱり無口な人でした)。
ふたりのおかげでなんとか車を出すことが出来て、吹雪の中、超スロー運転でランドリーへと向かう。
結局。この日は、洗濯物に振り回された一日…。



夜が来る前に、吹雪は少し弱まった。
もうすっかり自分ちみたいになってしまった共同のキッチンで、わたしはぼんやりと窓の外を眺める。
思えば…アークレイリ滞在中に、いったいどのくらいこの風景を眺めていただろう。
素敵でもなんでもない、代わり映えのない、この風景。
それでも。振り返ってみると、なかなか楽しかった思い出が蘇る。
雪国は、あったかいなぁ…とか思いながら。



晩ごはんは、今夜もスパゲッティ(と言うよりも、殆ど毎晩スパゲッティ…)。
アイスランドへ来て四日目、野菜の潤いが足りていなくて、気持ちがくしゃくしゃとしてきている。。。
そんな中、シゲルさんは「美味しいねぇ」と言いながら、今夜もちゃんと噛んでいるのかいないのか…もりもりと食事を頬張っていた。
この人と毎日ごはんが食べられるということは、とても幸せなことだ。



夜。テレビでは、この大雪のニュース。
アイスランド北部の、もう少しで北極圏のようなこの街でも、こうしたニュースは放映されるのだな…とか、なんだかよくわからないことを思いながら、ベッドの上に寝転がって日記を書いた。
23時。ドリルの音は、物凄く快調に響き渡っている…。