かわいらしい声で、目覚める朝。
与えてもらったベッドの上で横になったまま、目をぼんやりと開けて暫くじっとしたままでいる。シゲルさんは、まだ起きていないみたいだ。
隣の部屋では、もう満江先生達が起きている気配がする。家族の気配。そのことを感じられることが、なんだかわたしは嬉しかった。
そうだ、ここはオランダなんだな。

朝ごはんを終えると、Hanaちゃんの散歩へと出かける。
Hanaちゃんは、満江家にいるわんちゃんで、3歳の女の子だ。
リードを外してもよい場所までやって来ると、Hanaちゃんは思いっきり走り回り、海のような湖のほとりへ出れば、水の中へ大ジャンプ…そんな姿を見ていたら、ああ…この街の犬はなんて幸せなんだろうと感じた。



湖の近くにある、小さな遊園地。





今日もめちゃくちゃに晴れている。
ありがとう。
なんだかよくわからないけれど…
けど。ここまでわたし達を運んで来てくれた全てのものに、ありがとう。



散歩から戻ると、お台所でコーヒーをいただく。
このお家に差し込んでくる光は、なんて綺麗なんやろうか。
これが『オランダの光』っていうやつなのかな。。。



一息ついて、また街へ繰り出すことに。
出発の前。既にスタジオで仕事に入っていた満江先生に、シゲルさんは声をかける。
今回、シゲルさんにとって満江先生のスタジオを拝見出来たことは、とても重要で、幸福なことだったのだと思う。
満江先生が仕事場へ入る度、シゲルさんはそわそわと何度もスタジオを訪ねていた。
そうだ。シゲルさんは、ずっとずっとそうしたくて、だから、オランダへやって来たのだ。



レンガ造りの壁に、刺繍のような模様。



街の中心部(?)までやって来ると、今日は小さな市場が出ていた。
外国の市場って、どうしてこんなにもテンションが上がってしまうのだろう。
お家に帰ってから、奥さまに市場の話をしたら、ここの市場の八百屋では大根が買えるんだってことを教えてもらった。
それでふと思う。わたしはただ全体の雰囲気に漠然と興奮しているけれど、細かなものまでは見ていないんだなぁ…。
わたしの旅は、なんとなくいつもそんな感じ。





街角のパン屋さんで買って来たサンドイッチと、市場の魚屋さん(上の写真の)で買ったフィッシュフライでお昼ごはん。
なんだかカリカリするパンのサンドイッチには、たっぷりのカマンベールチーズとくるみとルッコラ
はちみつがかかっていれば、もっとよかったけれど。



フィッシュフライがサクサクのふわふわで美味しくて!添えられていた甘いマヨネーズも美味しくて!
シゲルさんに負けじと食べていたら、後で見事な胸焼け。。。



重たい腹と胸を抱え、食後はめきめきと歩くことに。
寒くもなくて、暑くもなくて、シゲルさんはずっと鼻歌まじりで、ああ、なんて最高なんだろう。
そして。大好きな水辺は、いつもすぐそこに、どこにでもある。




白鳥をファインダー越しに覗いていたら、まさかのフレームイン。



拝啓、ゴッホ様。
この花が、アーモンドの花なのか、桜の花なのかは、わからないけれど、わたしは今年の日本の桜を見られないかもしれません。
桜の頃って、やっぱりわたしには悲しいものだから、だから、見られないのなら見られないでいいのかもしれないけれど、けど、やっぱり日本人として、桜の時期を逃してしまうというのは(あ。あと、お正月も)、なんというか物凄く残念な気がしています。
そんなことを、今この花を見上げながら思いました。
そして。わたしは貴方の『花咲くアーモンドの枝』が、とても好きです。
それでは、また。



昨日から。ふたりとも感じていたことなのだけれど、この街の人達は、なんだか陽気で、親切な人達が多いように思う。
わたし達がただベンチに腰かけているだけでも、通り過ぎて行く人達は挨拶をしてくれる。
物珍しくじろじろと見られる視線ではなくて、なんというか…とてもあたたかいものを感じるのだ。なぜだろう…このぽかぽかとしている気候も関係しているのかな。。。
それがこの街で感じた、一番の驚き。
(この後、シゲルさんは本当に寝た。。。)



シゲルさんが寝てしまったので、わたしはたまたま目の前にいたラマと遊ぶことにする。
ラマは、いいなぁ。自然界の厳しさなんて背負ってないみたいに、いつものんきだし(…失礼)、ずっと微笑んでるみたいに見える。ラマのような人になれたら、いいなぁ。
いいなぁ、ラマ。
(小さいけれど、動物園か何かなんやと思います)



30〜40分経って、さすがに身体が冷えて来たので、シゲルさんを起こし、また歩くことに。
(すごいよね、どこでも寝れちゃうんだから)
ここは木々と謎のパラダイスが多くて、歩いているのが本当に楽しい。
思い返せば。ひとつの街をこんなにものんびりと、何一つ予定を決めることなく、歩きまわったことはあったかな。
旅行って、通り過ぎて行くものだけれど、けど、今回の旅は、なんだか少し違う感じがする。



身体は冷えたし、おトイレへも行きたいし、カフェを探してみることにした。
カフェは、沢山ある。
お天気もいいので、目抜き通りにあるカフェのオープンテラスなんかは、平日だというのに結構なにぎわいを見せていた。
半袖から伸びた筋肉質な二の腕、大きなサングラスの小顔なマダム、外であろうと店内であろうと関係ないように熱く見つめ合ったままの恋人達…
そんなにぎわいを通り過ぎて、わたし達は外れの小さなカフェへ入ってみることにする。
若いお兄さんとお姉さんが、にこにことわたし達ふたりを接客してくれた。ああ、このカフェにしてよかった。シゲルさんとわたしは、たちまちに顔がほころぶ。
けど。この街なら、きっとどこでだって、そんなふうに思っていたのかもしれない。



胸焼けはまだ続いていたけれど、シゲルさんが食べてくれるからまあいいやと、お勧めしてくれたアーモンドケーキも注文してみた。
一口二口もらってみたら、とても美味しくて、わたしの食い意地と胸焼けがケンカをする。。。
このやさしい味のするケーキは、頭に巻いたバンダナがよく似合う、あの健康そうなお姉さんが焼いているんだろうか。
やっぱり味と人とはイコールするな…とか、なんだかよくわからないことを思いながら。



オープンテラスとも呼べない、店先に一組だけ置かれた小さなテーブルセットに腰かけながら、わたし達は殆ど会話もしないで道行く人や猫を眺めていた。
目が合えば、殆どの人が挨拶をしてくれる。
ああ、わたしは何をあくせくしていたのかな。旅行本を二冊も三冊も買って来て、手帖いっぱいに予定と知識を書き込んで…。けど、こんな旅を、心は嬉しがっている。



今日も。西日に強く照らされると、身体が「帰ろう」と思った。
明日の朝ごはんのパンを提げて、相変わらず鼻歌まじりで、目が合った人達とは挨拶を交わす。



お家へ帰ると、満江先生と奥さまから「おかえり」と迎えてもらい、わたしはなんだか勝手に満江家の子供にでもなったみたいな気分でいた(…すみません。。。)。
今日も台所からは、あたたかな湯気のにおいがする。
晩ごはんが、待ち遠しい。こんな感覚は、いったいいつぶりなんだろう。
毎日「シゲルさん、はよ帰ってけえへんかなー」とか思いながら、晩ごはんの支度をする。シゲルさんの帰宅は待ち遠しくても、晩ごはんは自分の作るごはんだから、待ち遠しいとは違う。だから、この感覚がたまらなく嬉しかった。
お手伝いは、後片付けをさせてもらうことにして(…すみません。。。)、ごはんまでの時間をリビングで過ごす。
はじめて夕暮れ時のリビングに入り、驚いた。
このお家に差し込む光は、なんて綺麗なんだろう。
わたしは朝とまた同じことを思って、このお家にやって来られた不思議さに、改めて胸をいっぱいにした。
忘れられない風景というものがあるけれど、わたしはきっと満江先生のお宅のこの光をいつまでも忘れないだろうな…そんなふうに感じていた。