すっかりお馴染みの列車に乗って(まだ四回目だけれど…)、今日はシゲルさんとふたりでオランダ東部にあるクレラー・ミュラー美術館 (Kröller Müller Museum)へ。
昨晩。満江先生と奥さまに美術館までの道程を調べてもらい、プリントアウトしていただいた案内の紙を、宝物のようにして鞄の中に忍ばせて来ている。
オランダへ来る前からシゲルさんは「クレラー・ミュラーへは行くからね」と言っていて、この美術館を訪れるのは二度目だというシゲルさんに任せて、わたしはなーんの下調べもしてこなかったのだけれど、シゲルさんも以前どんなふうに行ったのかは全く覚えていないのだそう。はてはてふふーん。



どこまでも平坦な土地の続くオランダは、自転車大国!
列車にもこうして自転車マークが表示された入口があります。



満江先生のお家の最寄り駅から、昨日もやって来たアムステルダム中央駅までは一時間。
中央駅で一度乗り換えをして、アペルドールン(Apeldoorn)という駅まで向かいます。
この乗り換えで乗車したのが、ベルリン行きの国際列車(ひゃほい!)。昨晩、満江先生が教えてくれた時にも思わずにやにやしてしまったけれど、実際に電光掲示板に表示された文字を見ると、なんだかもうキャサリン・ヘップバーンにでもなっちゃったようなテンションで、更には『世界の車窓から』のナレーションを勝ち取った気分です(勝手なことを言って、すみません…)。
でも。アムステルダムからベルリンって、いったい何時間かかるんやろか。。。



とにかくオランダのいたるところで見かけるアルバート・ハイン(Albert Heijn B.V.)というスーパーマーケットで買った(街中にある通常の店舗と駅構内にあるコンビニタイプとがあります)、かわいい手のひらサイズくらいのドーナツ。
こちらもそっと鞄に忍ばせて、シゲルさんが眠った隙を見計らって食べよう…と思っていたのに、ガサゴソする音にちゃっかり目を覚ましたシゲルさんは、あっさりとドーナツを奪って、また眠ってしまう。。。
(「むにゃむにゃむにゃ…もう食べられないよー」という、よく聞くフレーズの寝言は、いったいどこから始まったのか…)



移動とともに晴れ渡っていく空が、頼りないわたし達の旅を後押しする。
青い空に大きく伸びた白い雲、遠くに見える街並や近くの牧場、無数の水辺には初めて目にする水鳥達が集う。
けれど。やっぱり、列車の旅での一番の感想は、「オランダって、ほんとーにまーーーっすぐ」ということだった。



アムステルダム中央駅からアペルドールン駅までも、ちょうど一時間くらいかかった。
移動中、シゲルさんは相変わらずのぼんやり表情で窓外を仰いでいるかと思うと、また気持ちよく眠っている。
わたしはずっと何かを見落とさないようにとそわそわしていて、結局は何も見ることが出来ていなかったりするのだけれど、シゲルさんは頭をからっぽにして、自分に必要なものだけを心に留めることが上手なのかもしれないな。
「ミナちゃん、よくそんなこと覚えているね。すごいねー」とか言われるけれど、わたしはシゲルさんのような旅の仕方が羨ましい。
一緒に出かけた旅なのに、全く別々の時間の中にいるみたいだ。



正午。アペルドールンの駅に到着。
クレラー・ミュラー美術館へは、更に駅前のバスターミナルからバスに乗って向かうことになる。
調べてもらった時刻よりも、バスは20分程遅れて到着。
有名な美術館だから多くの人が向かうのかと思ったら、それらしき人は誰一人としていない。
やっと来たバスに半信半疑で乗り込んで、運転手さんに「クレラー・ミュラー美術館まで行きたいのですが」と切符を買ってくれたシゲルさんの手には、もりもりと紙のチケットが手渡される。。。
よく見ると、1,50ユーロと書かれた、名刺サイズくらいのチケットが8枚(二人分)。アペルドールンの駅からクレラー・ミュラー美術館までは、一人片道6ユーロってことなんだな…と、わたしはシゲルさんからもらったチケットを自分の手のひらの中でまじまじと眺めながら理解した。
もちろん帰りにも同じ枚数の切符を手渡されたのだけれど、このかさばりはなんとかならないものなのかな…と、シゲルさんと笑った(フリーパスとかがあるのかもしれないけれど)。



アペルドールンの駅前広場(?)にあった、大きな自転車のオブジェ。



バスに乗って、40分程で美術館に到着。
満江先生のお家を出発してから、既に三時間半が経っていた。クレラー・ミュラーは、遠いねぇ。。。
シゲルさん、前はいったいどんなふうにして来たんかしら。




今回、アムステルダムにあるゴッホ美術館へ行くことはなかったけれど、クレラー・ミュラー美術館にも数多くのゴッホ作品のコレクションがあります。
一同に並んだゴッホの作品を前に、こんなにも沢山のゴッホの作品を観たのは初めてのことだったから、わたしはなんだか少しぽかんとしてしまって、今思い返してみても上手く思い出すことが出来ない。
それでいて、日本に帰って来てから、自分に小さなゴッホ熱が灯って、本を読んだり(『ゴッホの生涯』嘉門安雄/美術公論社)、映画を観たり(『ヴァン・ゴッホ』監督:モーリス・ピアラ)しては「なんてこった…」とか思っているのだ。
旅には、その時には気付かないよさがあるものなのねぇ。。。



オルグ=ヘンドリク・ブライトナー(George Hendrik Breitner)やイサーク・イスラエルス(Isaac Lazarus Israëls)、ヨハン・ヨンキント(Johan Barthold Jongkind)など…
この美術館で心惹かれた作品には、水彩画が多かったように思う。
写真は、ゲオルグ・ブライトナーの水彩画。




一通り館内の展示を観終えて、行きの列車で書いたマッチーへの手紙を館内にあったポストに投函し、併設されているカフェで休憩。
ベリーのチーズケーキとホットコーヒー。



クレラー・ミュラー美術館はオランダ最大規模の国立公園の中にあって、野外彫刻の美術館としても有名です。
カフェですっかりほっとした身体に再びスイッチを入れて、今度は屋外の作品を観て廻ることに。
美術館に来たのだけれど、野外彫刻を巡っていると、それは広大な森の散策へと変わっていて、なんだかその在り方みたいなものがよいなぁ…と感じた。
それは。直島へ行って、海の記憶しか残らなかったのと似ている。








帰りもバスに乗って駅に戻るのだけれど、アペルドールン駅行きのバスが来るのは一時間後だったので、反対方面のアーネム(Arnhem)へ向かうバスに乗ることにした。
それでも、次のバスがやって来るのは30分後くらい。広大な自然の中にある、ぽつんとしたバス停に、わたし達は冬眠を逃したリスの兄妹みたいに立ち尽くして、マイカーでやって来た人達がスマートに帰って行く姿をぼんやりと目で追った。
「ミナちゃん、おやつ持ってないの?」
アルバート・ハインで買った、ウィルヘルミナのペパーミントキャンディならあるよ」
「うーん、なんかもっとファンシーなやつ」
「……寒いよね」
「うん。寒い」



アーネムまでは一時間程かかった。
「途中でバスを乗り継いだら、駅へはもう少し早く着くよ」みたいなことをバスの運転手さんは言っていたけれど、なんだかよくわからなかったので、わたし達は森の中をぐるぐると廻ってから駅に向かうそのバスに乗ったままでいた。
バスはいつまで経っても広大な森の中をぐんぐんと走り、なんだか古い宮殿のような建物を過ぎて、やっとにぎやかな街が見えたと思ったら、アーネムの駅だった。
アーネムの駅は、なんだか宇宙船みたいに新しくて、大きくて立派。
あたたかい飲み物と素っ気ないサンドイッチを買って、また列車へと乗り込む。サンドイッチと飲み物が、空っぽな胃袋に流れ込んでいくのを感じながら、どんどんと暮れていく風景を目で追った。
窓外は、夜は、本当に真っ暗。
さっき。駅のホームについて訪ねた売店の女の子がとても優しくて、なんだか泣きたくなった。
もう二度と出会うことのない人達。
旅はそういうことの繰り返しだ。


すっかり帰宅は遅くなった。それでも今日も、あたたかい家へ帰る。家族のにおいがする。
お父さん。わたしはいい子には育たなかったけれど、今日も色々な愛情を受けて生きています。
どうも、どうもありがとう。