昨日、街のみんなが「この吹雪も今日中には峠を越えて、明日からは晴れるだろう」と言っていたので、6時半に張り切って目覚め、うきうき気分でカーテンを上げると、まさかの吹雪…。
一気にやる気をなくして、今日はお化粧もせずに、だらだらとキッチンの窓からの雪を眺め、朝ごはんを食べる。
そんな朝ごはんを終えて、キッチンの掃除に取りかかっていると、いつの間にか雪は上がっていた。
「これは出かけなあかーん」と、車でスーパーマーケットまで行くことにする(それでもスーパーマーケットという…)。



アークレイリへやって来て、雪が止んだのは初めてのことだった。
わたしは鼻息をふんふんとさせながら、シゲルさんを急き立てるようにして駐車場へと向かう。
昨日も車の雪かきをしたけれど、車体は再び真っ白に覆われている。それでも、昨日していなければ、もっと大変だっただろうなぁ…。
ふたりでせっせと雪かきをしていると、マネージャーさんがやって来た。
わたし達が出かける様子を見て、彼女は「まだ一号線は開いていないけど、どこへ出かけるの?」と心配してくれる。スーパーマーケットへ行くことを伝えたら、安心した様子で見送ってくれた。
どうやらシゲルさんは、このマネージャーさんになかなかの好感を抱いているみたいだ。むむむ…



道路へ出ると、除雪機のオンパレード。
大、中、小と、様々な大きさの除雪機が、街中を行き交っている。
雪はさっきまで降り続いていたのに、この街の積雪への対応はなんて早いんだろう。
(奥に見えるFUJIFILMの建物が、ヘヴィメタおやじの現像所です)



はじめてエイヤフィヨルズルの対岸を見た。
少しずつ少しずつ、この街の風景があらわになってくる。
この国の自然はわたし達に味方をしてくれないけれど、それでも、あの吹雪を経てから見る風景は、ずっとずっと鮮明に見えた。
この街の信号機がハートマークをしていることにも気づいてはいたけれど、やっと今日になって写真を撮る余裕が出る(けど、この写真ではいまいちわからず…)。
もうアークレイリへ来て四日目になるのに、この気持ちはまるで新しい街にやって来たみたいだ。



今日は街の北側にあるNettóというスーパーマーケットまで出かけた。
店内はBónusよりも小洒落た印象だったけれど、それでもやっぱりBónusの方が安かったので、少しだけ野菜を買い足して、またBónusへ出直すことにする。
これはKókómjólkという、アイスランドのチョコレートミルクドリンク(ココア)。
シゲルさんは滞在中に何度か飲んでいたけれど、完全ミロ派なわたしにはあまり美味しさを感じられず…。
でも、アイスランドではよく飲まれているものなのか、どのスーパーマーケットでももりもりと陳列されていました。




買い物を終えて店の外へ出ると、空がまた一段と明るくなってきているように思えた。
待ち望んでいた晴れのお天気に胸を高鳴らせて、今度はBrynjaというソフトクリーム屋さんまで出かけてみる。
この大雪の中(雪は止んだけれど)、ひょっこりと現れたアジアンなわたし達に、お店の女の子は興味津々の様子。
ソフトクリームのトッピングを選んでいる間にも、にこにこと話しかけてきてくれる。



Brynjaでオーダーしたのは、カップ入りのソフトクリームに温かいキャラメルソースをかけてもらったもの。
寒空の下で、ご機嫌ソフトクリーム。
このだらしなく嬉しそうな顔ったら…
(写真:シゲルさん)



街の中心部は除雪が始まっていたけれど、少し外れに出れば、道はどこもアイスバーンばかり。
レンタカーにはもちろんスタッドレスタイヤをつけてもらっていたけれど、マネージャーさんがこの街の車は更に厳冬期に対応したタイヤなのだと教えてくれた。
シゲルさんは雪や氷でかためられた道を、とにかく慎重に運転をしてくれる。
「僕この旅で、運転スキル上がり過ぎやわ…」とか言いながら。



Brynjaの帰りにBónusで買い物をして、一度宿へと戻った。
共同キッチンの冷蔵庫に買って来た食材を詰めながら、わたし達以外に誰もこのキッチンを使っている様子がないことに、ここに宿泊している人達は毎日何を食べているのだろうな…とか、余計なことを考える。
はじめて灰色ではない青い海を見て、午前は終わった。



晴れの高揚感に身を任せて、お昼ごはんは外で食べることに。
アイスランドといえば、「ホットドッグ!」という情報を、事前に色々なところで見かけていたから、街のファストフード店へ行ってみることにする。
表の通りにはすっかり人も車も増えていて、本当に嵐は過ぎ去ったんだと感じた。
お店に入ってホットドッグを注文してみると、店員さんに「全部ですか?」と聞かれる。よくわからなかったのでシゲルさんが聞き直すと、三種類のソースとトッピングを全て入れてもよいかとのこと。
「もちろん!」
お店の女の子達はどこもかしこも若いお嬢さんで、見ているだけでちょっとテンションが上がります。



アイスランドのホットドッグには、ぷりっとしたソーセージの下に、みじん切りの生玉ねぎとカリカリに揚げた玉ねぎが入っていた。
そして。なんといっても、ベリーうまいソース!
このソースをなんと説明したらよいのかわからないけれど、ソーセージの下には甘みのあるチーズのようなマヨネーズ(?)とケチャップが、一番上にはコクのあるスイートマスタードがかけられている。
この組み合わせが美味しくて、一口頬張った瞬間から、もう病み付き。そして、それから毎日、わたしは「ホットドッグホットドッグ…」と、呪文のようにつぶやくことに。。。
1つ300円くらいで食べられるホットドッグは、物価の高いアイスランドで嬉しい出会いだった(ちなみに、オレンジジュースも1缶300円くらい…)。



食事を済ませた後、大聖堂までの階段を登ってみる(と言っても、すぐそこ)。
アークレイリにある大聖堂は、レイキャヴィークにあるハットルグリムス教会と同じ人が設計したものらしい。
教会は閉まっていて中に入ることは出来なかったけれど、この高台から望むアークレイリの街がとても素敵だった。
このまま晴れていれば、きっと明日には一号線も通れるようになるだろう。ということは、この街を後にするということだ。
そう思ったら、なんだか急に悲しくなってきた。
あんなにも出たくて出たくて仕方がなかったのに…。
(写真:シゲルさん)



アークレイリで出会った人達は、信じられないくらい優しかった。
結局どこにも行けなかったけれど、この街の居心地の良さに救われた。
アークレイリ行きをやめて、アイスランドの南西部を中心に回っていれば、もっと様々な体験が出来たのかもしれない。そうしていれば、きっともっと写真が撮れたことだろう。
けど、何故だろう。
シゲルさんもわたしもこの街にやって来られたことを、あの厳しい峠を越えて優しい人達に出会えたことを、この旅でのとても大きなギフトとして捉えている。
そして。また再び、この街に戻って来られることを、強く強く願っていたのだ。
不思議で、可笑しな、あたたかな記憶。それが、わたし達にとってのアークレイリだ。



暫くの間、教会の高台から望む風景に見入っていると、階段の下に日本人のカップルがいることに気がついた。
アークレイリに来てから、はじめて見かける日本人(アジア系の人達はとにかく沢山見かけた)。
この旅で、わたし達はどこへ行っても「日本人でしょ」と言われることを不思議に感じていたけれど、そのカップルも遠目からでも日本人であることがわかった。
それは雰囲気なのか…仕草なのか…服装なのか…よくわからないけれど、けど日本人とわかるもの。
わたしは階段を下りていく時に、ふたりに声をかける。
「こんにちはー」
「え?!わっ!こんにちは!日本人だ〜っ」
その女の子の無邪気な明るい声と、にこやかな男の子の表情は、まるであの吹雪を知らないみたいに輝いていた。
(写真は、教会の近くにあるムーミンちみたいなカフェ。アークレイリの二日目に訪れたところ)



朝方に吹雪いていたことが嘘だったみたいに、空はどんどんと晴れ渡ってくる。
「せっかくだから」と、シゲルさんが提案してくれて、街の郊外をドライブしてみることにした。
宿まで車を取りに戻ってみると、表の通りは見事に除雪を終えている。
そこかしこに積まれた雪は、なんだか天保山のようだな。。。



やっとやっとやーっと晴れて、はじめて目にしたアークレイリの全景。
その美しさに、息を弾ませる。
車を走らせて、すぐに停車して、写真を撮って…繰り返し。



久しぶりに感じた太陽のまぶしさに何度も空を仰いでいたら、アークレイリ空港に飛行機が着陸するのが見えた。
空路はもう動いている。
レイキャヴィークからアークレイリまでは、休憩せずに車を走らせても5時間はかかるので、飛行機を使ってくる人達も多い。
ひょっとするとさっきの日本人カップルは、今日アークレイリにやって来たばかりなのかもしれない…なんてことを考えながら、凍りついたフィヨルドの海を眺めた。
寒い。けれど、冬が綺麗だ。



ずっと待ち望んでいた白と青の世界。
シゲルさんのシェルの赤色は、雪国にぴったりだ。



やっといきいきと写真を撮りはじめたわたしを見て、シゲルさんは嬉しそうに「撮りたい場所があったら、すぐに言ってね」と車を走らせてくれる。
そういえば。シゲルさんと交際を始める前に、一度ふたりでドライブをしたことがあった。
その時も、わたしが写真を撮ることに、いつもシゲルさんは気遣ってくれていた。
あれから七年が過ぎて、わたしの写真は使いみちをなくしてしまったけれど、けど、それでも撮ることをやめないのは、いったいどうしてなんだろう。
シゲルさんはあの時と同じように、写真を撮るわたしのことを好きだろうか。
(写真:シゲルさん)





家は山の麓の辺りに建っているのに、郵便受けはそこからうんと離れた道路沿いにある。
郵便受けと家の表札はセットになって立てられており、この写真はおそらく三世帯のもの。
郵便屋さんは助かるけれど、住んでいる人達は新聞や手紙を取りに行くだけで一苦労だろうなぁ…。
(誰かに聞いたわけではないから、本当のところはわからないけれど)



わたしが写真を撮るために少し歩いていると、遠くの方でシゲルさんが「見てー!」と言う。
その姿に、遠目から「えっ、ガードレール取れた?!」と駆け寄ってみたら、それはガードレールにかっちりと貼り付いていた氷だった。
シゲルさんのこのテンションも、なんだかアイスランドへ来てからはじめてのような気がする。。。



本当はこの道を右へ進んで、アイスランド一周の旅をするはずだった。
けれど、それは出来なくなった。
旅の出発前に読んだ『BIRD』という雑誌で、モデルのKIKIさんが昨年の三月にアイスランド一周の旅をしていたことを知った。
けれど、インターネットでは、季節外れのブリザードに遭い、9月であってもアイスランド一周の旅を断念した人の記事も読んだ。
どんな季節であっても、決して天候の読めない国。
それがアイスランドなのだと、やっとこの晴れの日に受け入れることが出来た。
アイスランド一周の旅は、また次回の楽しみにとっておこう。



夜。おそのさんの所へ行って、明朝にチェックアウトすることを伝える。
予定よりも長く、この宿にはお世話になった。
アークレイリからいつ出られるのかもわからなくて、不安でいたわたし達に、おそのさんはいつも「何も心配しないで」と言ってくれた。
隣室からの声や謎のドリルの音には驚いたけれど、部屋は広くて清潔で、何よりもあたたかな宿だった。
どうやら、今日の午後にレイキャヴィーク〜アークレイリ間の一号線が開いて(アークレイリから東のミーヴァトン湖(Mývatn)方面はまだ開通していなかった)、仕事で家を空けていたおそのさんの旦那さんがレイキャヴィークから帰って来たそうだ。
明日、わたし達もアークレイリからレイキャヴィーク方面へと向かう。来た道を、戻るのだ。
また幾つもの峠を越えることとなる。