天気予報を見て知ってはいたけれど、朝からモーレツに雨。。。
北部での吹雪を経て、やっと南まで下って来たというのに見事な悪天候が続いている。
旅先でこれだけの悪天候が続いてしまうと、季節に関わらず雨がよく降るというオランダで一度も雨に降られなかった幸運が関係しているのかな…とか、オランダで旅のほんわか度指数を使い切ってしもたんかな…とか思ってしまう(根暗…)。
昨日、Bónus(スーパーマーケット)で買って来た6個で305円もする卵でハムエッグを作り、屋根に突き刺さってくるような雨音を聞きながらの朝ごはん。
そんな魅力的ではない天候とは裏腹に、今回の宿には個々の部屋に専用のキッチンとユニットバスが付いていて、決して広くはないけれど、とにかく快適に過ごしている。
おまけに宿泊客であれば自由に使えるランドリーまであって、わたし達は朝ごはんの後に洗濯をすることにした。天気の悪い日は、まず洗濯だ(アークレイリに続き…)。
別棟にあるランドリーまでずぶ濡れになって行き、三日分の洗濯物をドラム式の洗濯機に放り込む。洗濯が30分、乾燥が1時間くらい。
宿泊客共有のランドリーなので「洗濯が終わるまでは、遠出は出来ないね」ということで、車で街のBónusへおやつを買いに行くことにする(雨の日には、スーパーマーケットくらいしか行く所を知らない…)。
シゲルさんは地図を手に、遠回りでドライブをしながらBónusまで向かってくれた。泣。。。



豪雨の中のドライブは心躍らず、ちょっとした恐怖感。。。
海からの風を受けて車体はぐらぐらと揺れるし、なにしろフロントガラスに打ち付ける大量の雨粒にワイパーが追い付いてくれない。
いつも丁寧で慎重なシゲルさんの運転であっても、それはちょっとしたマリオカートのようだった。
マリオカート…わたしはいつもヨッシーばかりを選ぶなぁ…とか考えながら、為す術もなく、ふたりとも押し黙ったまま豪雨の中を行く。
雨は、どこまでもどこまでも降りしきる。
けれど、この雨が大したものではなかった…と、数日後には思い知らされることになるのだけれど。。。



Bónusではときめくおやつも見つけられず、ぶーたれながら買い物から戻り、洗濯物を取りに行く。
その後、部屋で簡単なお昼ごはんを食べ、午後からは空の明るい方へと車を走らせた。
昨日までは嘘みたいな雪の世界にいたのに、この南西部には殆ど雪が積もっていない(だからと言って、決して暖かいわけではないのだけれど)。
あんなにも吹雪にやさぐれていたはずだったけれど、わたしは白い風景が恋しくて、どこか寂しい気持ちでいた。
雪は怖いものであると知ってしまったのに、それでも、わたしは雪が好きなんだ。。。
『雪屋のロッスさん』も言っていた。
「ときどき思うんですが、雪を嫌いなひとは、この世にとても少ないんじゃないですかね。たとえ嫌っているふうにみえても、単純にそうじゃないことが、多いような気がする」
なだらかに続いていく道といつまでも遠くにある岩山は、厳しくて温かい北部での記憶を思い出させた。



シゲルさんの煙草休憩は、南に下って来てからもやっぱりN1(ガソリンスタンド)だ。
これだけN1にお世話になっていると、もはやN1が「NISHIKAWA」に思えなくもなくて、無性に愛着が湧いてくる。
そうか、わたしも「NISHIKAWA」なのだな。吉田だったからと、ヨッシーばかりを選んでる場合やないんやな…とか思う。
シゲル気象レーダーを頼りに進んでいると、雨はいつの間にか小降りになっていた。



わたしが写真を撮るために車を離れている間、シゲルさんはよくその辺りにしゃがみ込んで苔の写真を撮っていた。
アイスランドはとにかく悪天候な国なので、木々はあまり育たないのだという。
その代わりに、年間を通じて雨や霧が多いため、火山が噴火して散らばった溶岩石の上に無数の苔が自生しているのが見られる。
夏場になれば苔の緑色が圧倒的に風景を支配するのだというから、今とは全く違った世界が広がっているのだろうな。
夏はあまり得意な季節ではないのだけれど、アイスランドの夏ならば真っすぐに愛せることが出来るだろうか…
そんなふうに思いながら、車に戻ってシゲルさんがデジタルカメラで撮影した写真をチェックする。
「これ、ええやん」とか言うわたしの声は、いつも偉そうだ。




途中から、観光バスとよく遭遇するようになる。
大型バスから小型バスまで、実に多くの観光バスがわたし達の車を追い抜いていく(観光バスは、観光バスであっても、かなりの勢いで飛ばしている)。
この南西部にはゴールデン・サークルと呼ばれる地帯があって、アイスランドでも有名な観光スポットが集中しているのだ。
その中の一つ、グトルフォス(Gullfoss)に到着。
グトルフォスとは、「黄金の滝」という意味を持った、アイスランド随一の規模を誇る滝。
北部で見たゴーザフォスの周辺とは違い、グトルフォスの駐車場はきちんと整備され、立派なレストランや土産物屋まであった(ゴーザフォス周辺は雪に埋もれていただけかもしれない…)。
駐車場からレストランまで見事に観光客で溢れ返っていて、急激に世界が変わってしまったことにシゲルさんとわたしは圧倒される(その殆どがアジア人なことにも驚いてしまったけれど…)。
その圧倒された気持ちのまま、駐車場から展望台まで続くボードウォークを、わたし達も大勢の団体観光客の波に従って進んで行った。
そして、グトルフォスが現れる。
轟音を立てて流れ落ちていくこの大量の水は、氷河から溶け出したものだという。
その迫力も、在り方も、素晴らしくて、「おおーっ!」と叫びたい気分だったのだけれど、わたし達はどこか気持ちがそわそわとしたままでいた。
ミニスカートとハイヒールの女の子に驚いてしまったり、ひとりで来ていた旅行者やカップルに写真を頼まれたり…
なんだか落ち着けない。。。
(わたしは思うのだけれど、首から一眼レフを提げていると、かなりの確立で「シャッターを押して下さい」と頼まれる。これは世界中、どの観光地でも同じことなのかもしれない)



ずっと雨は降り続いているものの、この程度の天候はあまり気にならなくなっていた。
雨に打たれながら、適当な記念写真を撮って、暫く周辺を散策。
あちらこちらで立派なカメラと三脚を抱えたカメラマンが雨にも負けずに写真を撮っている姿を見て、「ミナちゃんには、ああいう根性ないよね」とシゲルさんは言う。
事実。今日は雨だからと中判のカメラを置いてきたし、重たいのに頑張って持って来た三脚もずっと車に積んだままの状態になっている。
挙げ句の果てには、スマートフォンのカメラで写真を撮って、にやにやとする。わたしはアイスランドまで来て、一体何をしているのかしら。。。





グトルフォスの散策を終えて駐車場まで戻ってくると、見たこともないモンスターのようなベンツが止まっていた。
その凄みのある黒光りした車体に、思わず足が止まる。
シゲルさんは「ミナちゃん、あれ写真に撮ってよ」と言うのだけれど、わたしはなんだかちょっとこっぱずかしい気がして、もじもじとしてしまい、結局シャッターを切ることが出来なかった。
そんなわたし達の前で、無邪気な少年がモンスターベンツの写真を撮りまくり、カメラの液晶画面を覗き込んで満足そうにしている。
きっと。彼も、グトルフォスよりベンツに興奮してしまったのかもしれない。
混雑に弱いわたし達は、最後までグトルフォスの魅力をきちんと味わうことが出来なかった。



グトルフォスから車ですぐの所に、ゲイシール(間欠泉)がある。
周辺までやって来ると、いたるところから蒸気が上がっていて、それはなんだか春先の山焼きにでも遭遇したみたいだった。
グトルフォスからほんの数分しか離れていない場所なのに、こんなにも異なった地形が見られるだなんて、ちょっと得をしたような気分になってしまう。
わたしは日本にいて、日本の地形がどうだとか、地域によっての風土の移り変わりなどに思いを巡らせたことは殆どないのだけれど、アイスランドに来てからは、その地形の移り変わりや風土の変化が面白くて仕方がない。
個人で旅行をしているから、わからないことだらけなのだけれど、わからないなりに変化を感じられることが、今回での旅のちょっとしたテーマとなっている。



入場料を支払って間欠泉のエリア内へ入り、トレイルを進む。
ボードウォークに従って両サイドにはロープが張り巡らされていて、所々に「80℃〜100℃」と書かれた標識が目に付く。
実際に、幾つもある穴からは熱湯が沸き上がり、その穴をじっと覗き込みながら「カンキツセンって、いったいなんなんかしら…」と、わたしは温泉卵についての思いを巡らせた。
「ミナちゃん、カンキツセンじゃなくて、間欠泉ね…」



このゲイシールには、グレート・ゲイシールと呼ばれる、最大60m程の噴出が見られる間欠泉があるのだという。
けれど、そのグレートなやつは今はもう噴出しないそうなので、すぐ近くにある比較的大型なストロックル間欠泉を見る。
湯気の立つ大きな穴をじっと見つめ、噴出するのを待つ。皆、見逃してはいけないと、じっとしている。
数分後、吹き上げる。………。「おーっ」と思う。
カンキツセンって、いったいなんなんかしら…
一度噴出するのを見ると、シゲルさんはさっさと間欠泉に背を向けて、奥に広がるトレイルを歩き出した。
「あれ?もう一回見んの?」
「うん。一回で充分」
わたしは「そうなのか…」と思い、黙ってシゲルさんの後を付いて行く。「入場料も払ったし、せめて後二〜三回…」とか思いながら。
(写真:シゲルさん)




丘を登る。
地面は赤色の泥のぬかるみに変わり(粘土と言った方がいいかもしれない)、歩けば歩く程、靴に泥がへばり付いて、トレイルを歩く足を重たくさせた。
発売してすぐに買いに行ったスノーブーツが、どんどんと泥に覆われる。「くそっ、泥め…」と思いながら、歩く。
シゲルさんはぐんぐんと前を進んで行き、時折わたしがへこたれた声を上げると、振り返って優しく笑い、それでもおかまいなしに進む。
持ち前の腹と着膨れて更に山のようになった腹に、首から提げたカメラが何度も揺れては当たる。
足元の泥に気を取られて下ばかり向いているので、どんどんと鼻も垂れてくる。「くそっ、泥め…」。
すっかり遠くなってしまったシゲルさんを見上げ、どんくさく鞄からティッシュを出し、鼻をかんで、「赤いなぁ…」と思った。



界王さまのところでバブルスくんを追いかけるみたいにして丘を登り切ると、思わず息を呑んだ。
足元はそれはもう悲惨な状態になっていたのだけれど、泥に気を取られている間に、随分と高台までやって来ていたのだった。
丘の上から、間欠泉を眺める。暫くすると、吹き上がる。遅れて、人々の遠い声がこだました。



わたしは郊外の新興住宅地でうまれ育ち、アウトドアとは無縁の家庭で暮らし、自然というものを漠然としか捉えられない人間となった。
けれど、里山に暮らし、野山を駆け回るようにして育ったシゲルさんと出会い、ふたりの自然観の差に衝撃を受けたのだった。
そして、シゲルさんの中にあるそれは、彼自身の財産なのだと感じた。
育って来た環境は人それぞれであるから、特別にそのことを羨ましいと思ったことはないけれど、けれど、今でもシゲルさんの中に宿るその自然観を、わたしはとても魅力的に思う。
そんなシゲルさんとアイスランドへ来て、暗くて恐ろしい、人の手など及ばぬ自然に初めてふたりで出会った。
その体験を経て、何故だかわからないけれど、わたしは「この人は、大丈夫」、そんなふうに感じたのだった。
ひょっとしたら、シゲルさんは全く逆のことを思っているかもしれないけれど。。。



トレイルをゆっくりと歩き、いつの間にか灰色の空の中に夕陽も落ちた頃、また雨が強く降り始めた。
帰りは来た時とは別のルートで、セールフォスの街へと戻ることにする。
すると。偶然にGamla Borgという、夏の間のみ営業しているコーヒーショップの前を通りかかった。
わたしは今日一番の大声を出してシゲルさんに車を止めてもらい、大粒の雨に打たれながらカフェの前まで駆けて行った。
閉ざされた窓にぺったりと顔をはり付けながら、感極まる。
そうだそうだ、ここでシガー・ロスは演奏していたんだ。
シガー・ロスの映像作品『Heima』に収録されている、『Von』と『Samskeyti』の曲を演奏している場所が、このGamla Borgだった。
嗚呼…どうして人々は、アビイ・ロードを見たり、ビッグ・ピンクを見たり、Gamla Borgを見たりして、こんなふうに感動出来てしまうのだろう。
アイスランド旅行の計画を立てたばかりの頃、シガー・ロスが2006年に行なった国内ツアーの場所を順に巡っていく…という予定を立てていた。
そのくらい、わたしにとってシガー・ロスが2006年に行なった国内ライブの様子が収められた映像作品『Heima』は、かけがえのない作品だった。
けれど、そのツアーは夏に行なわれており、三月にアイスランドを訪れるわたし達が旅をするには困難な場所ばかりだった。
そんな計画から一年程が経ち、いつしかそのことから離れて、「リングロードを一周する」という別の予定が立って、実際にわたし達はどきどきとしながら、楽しく旅を進めていた。
けれど、Gamla Borgを前にすると、強い初期衝動を思い出して、なんとも言えない気持ちとなった。
シガー・ロスを好きになっていなければ、こんなに素晴らしい国を訪れることもなかったからだ。
雨に打たれっぱなしで、うっとりと窓にへばり付いたままでいるわたしに、シゲルさんは冷静に注意を促す。
そして、シゲルさんに引っ張られるようにして、陶酔した気持ちのままGamla Borgを後にした。
セールフォスの街に戻って来た頃には、もうすっかりと夜。
ご機嫌な気分に任せて、ホットドッグ二つとヴァイキングという名のライトビール(シゲルさん用のノンアルコール?)を買って、宿へと帰った。
こうして雨降りの一日が、ぱっとドラマチックなものに変わる。
わたしの世界は、やっぱりどこまでも単純だ。